サンデー・パンチ

粂川 麻里生

 あまりに閉じた“業界”は滅ぶ

 西日本ボクシング協会は、プロボクシング協会に加盟していないジムの選手を加盟ジム所属選手としてプロ活動させる、いわゆる“名義貸し”に対する罰則をいちじるしく強化した。プロテストの受験資格は、協会加盟の事務で半年以上練習した者に限定し、非加盟ジムのボクサーの受験は厳禁。名義貸しをした加盟ジムは協会に罰金100万円を支払い、ジムも選手も1年間のプロ資格停止となる。今のところ、西日本に限定された処置ということだが、業界内に与えるインパクトは大きい。
  もちろん、基本的な発想として、さまざまな義務を果たしている「プロのジム」と、素人でもやれるようなジムとの間に区別を設けることは必要だ。「プロボクシング協会」として、プロボクサーになるためのトレーニングが受けられる場所はここですよ、と若者たちに明快に示してあげる必要もあるだろう。しかし、ボクシングというのは、トレーナーとボクサーがじつにさまざまな形で出会うところから思わぬ発展をとげていくものだ。白井義男さんとカーン博士にはじまって、これまで“名義貸し”の恩恵をうけて才能を開花させたチャンピオン・ボクサーも数多い。今回の処置は、むしろ日本ボクシング界、プロボクシング業界を萎縮させる悪作用のほうが多いのではないだろうか。
 とにかく、プロボクシング協会は敷居が高い。なにしろ、協会加盟金が一千万円である。現役ボクサーとしてタイトル獲得の経験がある人は、世界王者=300万円、OPBF王者=400万円、日本王者=500万円と、大幅に減額はされるものの、おそろしい高額である。新田渉世さん(新田ジム会長)も、本サイトコラムで加盟金の高さを嘆いておられるが、東洋太平洋王者だった新田さんでさえそうなのだから、たとえば名もない一ボクサーだった人物が1000万円を出すスポンサーを集めることは不可能に近い。
 つまり、はっきり言って、日本プロボクシング協会は、「よそ者は入ってくるな。ただし、大金持ちで、俺たちの言うことを聞く奴だけ、入れてやってもいいが」と言っているのに近い。無論、あからさまにそんなことを公言している人はいないだろうし、「別にそうは思っていない」という人も少なくないだろうが、実際のシステムはまさにそういう出来上がり方をしている。さらに、今回の西日本ボクシング協会の決定は、これまで「いつか金ができたら加盟したい」と思いながらやってきた新興ジムをその夢もろとも弾き飛ばす決定とは言えないだろうか。
 日本のボクシングを少しでも興隆させたいと思うなら、底辺拡大、草の根育成という発想は当然必要になる。もし、非加盟ジムの教えているボクシングが「プロの水準」に達していないなら(僕の実感では、そんな例は少ないと思うが)、指導をしてあげればいい。非加盟ジムが業界の秩序をみだすことをするなら、どこがいけないのか指摘して、正々堂々と交渉すればいいはずだ。
 自分のジムの近所で、よそ者がジムはおろか、ちょっとでもボクシングに関係のあるイベントでもやろうものなら、「業務妨害だ」とどなりこむような人が、今のボクシング界にはあまりにも多い。そんなことでは、日本のボクシングの森はどんどん枯れていくばかりだ。そりゃあ、肉屋の近所に大手スーパーができたら困るだろう。しかし、ボクシングジムは、むしろ近隣のジムこそ協力し合って地域のスポーツを盛り上げていくべきだ。○○ジムと××ジムのスパーリング対抗戦など、やって盛り上がればいいではないか。ボクシングは、極端にシンプルでありながらおそろしく奥深いのが魅力のスポーツだ。それだけに、大都市から田舎町に至るまで、どこでも学べるはずだ。全国津々浦々にもっとたくさんのジムがあり、思わぬ土地から天才少年がふつふつと現れるようになれば、ボクシング界全体も浮上するのではないだろうか。
 そのためには、あの「加盟金1000万円」という、おそらくは独占禁止法違反の規定が大きな問題となる(裁判などしても、村八分になるだけだから、誰もやらないだろうが……)。たしかに、これまで多くのジムが苦労してそれにしたがってきたのだ。いきなり廃止したら、「なら、俺の1000万円を返してくれ」という人が続出して、大混乱になるだろう。撤廃は容易なことではない。だが、ボクシングに人生を賭けようなどというロマンチックな夢追い人が、どうやって1000万円も用意するのだ。このデフレの時代である。仮に1000万円払って、正式にプロのジムになったとしても、それを回収できる見込みはきわめて厳しい。とすれば、これは少なくとも「投資」ではなく、「貢物」に近い。(だいたい、この「一千万」という威嚇的な金額は、どこからどうやって算出されたものなのだろう。いつも問題になるボクサーの移籍金に始まって、会長・トレーナーの交通費からバンデージ代まで選手負担にするくせに、帳簿はろくにつけていないというジムが少なくないのではないか。これほど莫大な金額を人に要求するなら、その計算式を公開するべきだ)。このような制度がのうのうと通用している世界は、健全な「業界」とはいえず、「ヤミの世界」としての性格を引きずることになるのではないだろうか。
 協会加盟金は、大幅に減額されるべきだ。せめて50万円程度に。そのためには、中間段階を設け、新規加盟ジムからはたとえば300万円を「預けて」もらい、すでに1000万円なりの加盟金を払って加盟しているジムには(全額とはいかなくても)少しづつ返金していくのだ。自分のお金が戻ってくるなら、すでに加盟しているジムのオーナーも賛成しやすいのではないか。こんなのは一案に過ぎないが、業界の英知を結集して、もっといいシステムを考案していただきたい。
 危険かつ高貴なスポーツであるボクシングにとって、秩序は必要だ。ある程度の保守性も必要だろう。業界のしきたりだって、無視するわけにはいかない。しかし、ただの現状維持のためにリングの生命を萎縮させることも避けなければいけないはずだ。

  (粂川麻里生氏のコラムはしばらくお休みさせていただきます)

 


 粂川麻里生(くめかわまりお)
1962年栃木県生。1988年より『ワールドボクシング』ライター。大学でドイツ語、ドイツ文学・思想史などを教えてもいる。(写真はE.モラレスと筆者)

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