サンデー・パンチ

粂川 麻里生

 私案・理想の採点法


 問題の大之伸くま−安部元一戦、家庭用ビデオで撮影されたかなり良質の映像を拝見することができた。僕の採点では、普通につけて98−92で阿部。九州の雰囲気の中で、逆でもいいかなと思ったラウンドが2つあったので、96−94までは許容範囲かというのが率直な印象だが、いずれにせよ「92-100でくま」というのはちょっと考えられない。

 ただ、今回サスペンドを食ったジャッジだけが、特別にひどい採点をしていたわけではないだろう。僕がボクシングを見てきたこの30年の間、同じように無茶苦茶な採点が行われてきたし、今も行われている。今回はタイトルマッチであり、ヨネクラジム陣営が強い抗議をしたからこのような結果になったが、インチキ・デシジョンはけっしてジャッジ個人だけに帰すことのできる問題ではない。ひとりひとりのジャッジには高い意識でことに当たっていただくことを期待せずにはいられないが、最大の「責任」は業界および採点システムの構造に帰さなければならないだろう。

 今回、一番「重罪」とされて、ライセンスを無期限の停止とされた福本ジャッジには、正直言って同情を禁じえない。福本氏は今回が初の日本タイトル戦審判であり、試合前から非常に緊張していたという。おそらく、まだ「偏向判定」をこしらえることになれていなかったため、今回のようなあからさまなジャッジペーパーになってしまったのだろう。もうちょっと「キャリア」があれば、他の2ジャッジのように3ポイント差で収めて、「普通の、ひどいホームタウンデシジョン」にできたに違いない。「ヘマ」をした初心者だけが罰せられ、「常習犯」は涼しい顔をしているというのでは、ヤクザや政治家、銀行マンの世界と同じになってしまう。 全体的なシステムの更新が必要なのだ。

 今日はとりあえず、試合内容をより鮮明にポイントに反映しうる採点方法について考えてみたい。僕はこの秋、東京理科大で「ボクシングの判定問題」について卒業論文を書いているという学生さんに依頼されて、あの小松則幸−トラッシュ中沼戦の両選手のパンチヒット数を、パンチの有効度を区別しながらビデオで数えることになった。やってみると、じつに難しい。両選手とも多彩なパンチを間断なく繰り出し、両者同時にパンチを繰り出す場面もけっして少なくない。多くはブロックしているが、中になんとかガードをこじ開けてヒットするパンチもある。だが、よく分からない。どちらのパンチが当たっているのか、リアルタイムでカウントし切るのは、いかに熟達の目をもってしても不可能だと思う。何度もビデオをストップし、巻き戻し、時にはスロー再生してカウントした場合もあった。それでも、カメラはその都度一定の固定した視点しか提供してくれないし、遠近感・立体感もない。足が映っていなければ、ダメージもよく分からない。

 プロボクシングはヒット数がすべてではないが、最重要の採点ポイントであるには違いない。現在の、3ジャッジが5点満点なり10点満点なりで各ラウンドの優劣を採点する方法は、もう半世紀以上前に確立した採点方法だ。手数とパンチの種類が激増し、接戦が増えた現代にあって、この採点法では無理がある。ここはひとつ、現代の状況に則した、全く新しい採点方法を考案することが必要だろう。僕なりに考えた案を以下にお示ししたい。

1.パンチ数のカウント
 @ジャッジは8名で、2人づつリングの四辺に位置どる。各辺の2人のジャッジのうち、どちらかが赤コーナーの選手、もうひとりが一方の青コーナーの選手のというふうに担当し、片方の選手のパンチのヒット数だけを数える。
 A各ジャッジがパンチをカウントする際、パンチを A、B、C の3種類に分けて数える。3種類の定義は:A=後退する、足がふらつく、動きが止まるなど、明らかにダメージを与えたクリーンヒット。B=ダメージの程度は明白ではないが、ナックルパートが確実にヒットしたパンチ。C=正確ではないが、ガード以外の身体部位にヒットしたパンチ。
 B上記のようにカウントしたパンチを、A=5点、B=3点、C=1点に換算し、各ラウンドの得点とし、ラウンド終了後、ただちに会場に電光掲示板で表示する。
 (このように、10点満点にしないことで、まさに“微差を取る”ことが容易になる。また、満点がないため、リアルタイムで採点を公表しても、最後まで勝敗の興味が薄れることが少ない。1ラウンドでも、圧倒的に打ちまくれば、大量得点が可能となる)

2.ダウンの取り扱い
 @相手をダウンさせると、その時点で5点の得点。さらに、相手がファイティング・ポーズを取った時点でのレフェリーのカウントが加算される(つまり、8カウントのダウンを奪った場合は13点)。
 A従来どおり、カウント10でノックアウト。
 B試合を通じた双方のダウン数の差が3回以上だった場合、得点とは無関係に、より多くダウンを奪った選手の勝ちとなる(4回戦、6回戦の場合は、ダウン数の差が2回以上のとき)。
(相手を “殴り倒す”ことこそ、ボクシングの根本目標。ダウンを、通常の採点とは別格の要素とすることで、「倒す」ことの勝ちが高まる。また、レフェリーのカウントにも意味を持たせることで、「カウントいくつで立ち上がるか」が戦略的な意味と、観客の興味を増す)。

 僕の案の骨子は以上である。「リング・ジェネラルシップ」等の要素はどうした、というご質問もありえようが、やはりボクシングの本質は「打撃すること」と「倒すこと」にある。「ジェネラルシップ」や「攻勢点」といった概念は、採点基準にもっともらしさを付け加えるための飾りで、本質的な意味はないと考える。パンチのヒット数とダウンのみをポイントと対象とすることで、ボクシング本来の姿がより鮮明になるはずだ。ただ、アマチュアのような「おさわりゲーム」になっては台無しなので、パンチの有効度を3段階に分けた。一方で、テンカウント=KOというような、象徴的な意味も持つルールはいじるべきではない。バレーボールのようなことになって、ファンを失うことになるからだ。あくまでも、採点システムの偏向は、そのスポーツの本質をより浮き彫りにすることを目指すべきで、変更によって競技自体が根本から変わってはいけない


 粂川麻里生(くめかわまりお)
1962年栃木県生。1988年より『ワールドボクシング』ライター。大学でドイツ語、ドイツ文学・思想史などを教えてもいる。(写真はE.モラレスと筆者)

 

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