サンデー・パンチ

粂川 麻里生

ネット時代のボクシング・メディア

 インターネットの急速な発達で、あらゆるメディアは変貌を迫られている。などというと社会評論のようだが、別に大げさな話ではない。本誌「ワールドボクシング」にしても、読者の皆さんから期待される役割というのは随分変った。ちょっと前までなら、編集部にも「今日のヘビー級戦、どっちが勝ちましたか? 」というような電話が、テレビ放映のないビッグマッチの日などはじゃんじゃんかかってきたものだ。今、そういう情報はネットのどこかに流れている。試合結果を知るための(よほどマイナーな試合を別にすれば)メディアとしては、月刊誌はあまりに呑気すぎるのだ。
 週刊サッカー雑誌の編集者と話していたとき、「週刊でも、試合速報をするにはほとんど役に立たない。あくまでも読み応えのあるコラムや長文記事で勝負しないと」という話を聞かされた。今はボクシング雑誌よりはサッカー雑誌の方が売れているはずだが、それでも「時代に対応する」という要請は強いプレッシャーとなっているようだ。
 本誌前田編集長がサイト立ち上げにこだわったのも(「雑誌を買わなくてもいい人が増えるのでは? 」という懸念の声も顧みず……)、やはり「速報性」を補うことに大きな意味をみていたからのようだ。実際、読者の皆さんからは「早く、たくさん情報がえられてうれしい」と、おおむね好評をいただいているようで、主たる狙いは果たされていると言えるかもしれない。
 けれども、「ネット」というメディアの特長は「速報性」だけではない。「双方向性」というのも、それに劣らないか、さらに決定的な要素である。印刷媒体と違い、いつでも書き換えることが可能なウェブサイトは、読者の皆さんの声に応えやすいメディアと言えるし、掲示板があれば、誰でもが書き込みをすることができる。
 これは、人類史上画期的なことだろう。つい最近まで、メディアは「専門家」が独占するものだった。新聞社やテレビ局、雑誌社などが、情報を集める能力と情報を発信する権利を一手に集中していたのである。けれども、今は違う。誰もが、自分の文章や作成した映像・音声を不特定多数の人々に公開することができるのだ。
 インターネットの「双方向性」は、ひとつ間違えば、長崎の幼児殺害事件の時のように、いいかげんな憶測で「こいつが犯人」と顔写真を掲示板にさらすような、それ自体犯罪的な行為につながりかねない危険をはらんではいるが、しっかりとしたコミュニケーションが行われるなら、世の中を真に民主的なものにする力も秘めている。
 数ヶ月前、僕の個人でやっているサイトの掲示板に、「陽光アダチジムの安達会長は、レフェリーへの暴言でサスペンド(出場停止)となっているはずなのに、セコンドについている。これでいいのでしょうか」という投稿があった。安達哲夫会長は日本史上屈指の名チャンプ渡辺二郎を育て上げた偉大なトレーナーだが、規則は規則だ。問題でないとはいえない。僕は本誌編集部とも連絡を取り、さらにコミッションに問い合わせてもらった。おそらくその「効果」も多少はあって、安達会長はさらにサスペンドの延長を食らう羽目になってしまった。
  http://www2u.biglobe.ne.jp/~kumekawa/
 僕自身、関西での取材では安達会長に大変親切にしていただいたこともあり、今回のことは胸が痛む。僕は元来だらしない人間で、「正義」とか「誠意」というような言葉を使うのは得意ではない。あるいは、ネットがなければ、業界の噂話で「サスペンドを受けている会長が……」という話を聞いても、「しょうがないなあ」で終わっていたかもしれない。しかし、ボクシングにルールと公正さが欠けたら、何でもなくなってしまう。掲示板にあのような書き込みがあった以上、「まあ、いいじゃないの。よっぽど機嫌が悪かったんでしょう」ではすまなかったのだ。
 ネット社会では、誰もが公論に参加することができる。参加者全員が匿名で便所の落書きをしているような掲示板では駄目なことが多いが、管理人がしっかりした掲示板や、たとえば僕たちのように、「ワールドボクシングの○○」と名前を出している人間が必ず受け取る場所に書き込みをしてくれるなら、ボクシングを人生の大事な一部分と考えている人々が動くはずだ。
 アマチュアの判定問題、ボクサーの健康管理の問題、ジムとボクサーとの間の見解の食い違い(よくジムが悪者にされるが、ジムの言い分もきちんと表現されねばならない)など、ボクシング界にも「長年の懸案」がいくつもある。しかし、時代は変わった。ネットを通じて、ひとりひとりが情報を提供し、「声」を発するようになれば、よりオープンで、健全な常識にかなった「公共性」が育つ可能性があるだろう。そうなれば、少しづつでも状況は変っていくはずだ

 

 

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