サンデー・パンチ

粂川 麻里生

これが“世界タイトルマッチ”だ!

  オスカー・ラリオスと仲里繁の激闘は、単にスリルあふれる好試合だったというだけでなく、何か、ボクシング・ファンの琴線に触れる試合だったような気がする。「こういうのがボクシングなんだ」と思わせるにたる、クラシックな名勝負の要素が濃厚につめこまれていたのだ。
 ボクシングにしびれて以来10年以上経っている「ベテラン」の中には、たぶん試合前から、この試合がそういうクラシックな、言ってみれば「世界戦らしい世界戦」になることをもうある程度予測していた人もいたはずだ。だからこそ、本誌コラムでも尾崎恵一さんがこのカードに漂う「大試合」の香りみたいなものを描写していたし、先月号の本誌の表紙も浜田剛史がレネ・アルレドンドに衝撃的な初回KO勝ちを収めた試合を展望した号のパロディーになっていたのに違いない。

 
 尾崎さんも書いていたが、ラリオス−仲里戦が試合前から“歴史的な一戦”に特有の「ものものしさ」というか胸騒ぎを感じさせていたのは、仲里が世界戦チャレンジャーとしてきわめて大きな期待を集めていたからというわけでは(ちょっと失礼かもしれないが)ない。単なる「強さ」、「勝算」だけの問題ではなく、リングに上がる両雄のボクサーとしてのあらゆる要素がボクシングファンをインスパイアしたのだろう。
 ひとつには、ラリオスがチャンピオンとしての「格」を十分に備えていたということがある。テクニックやパワーが抜きん出ているだけでなく、ルックス、全体的な迫力、メキシキカンであること、その他微妙なたたずまいを含めて、ラリオスは「世界タイトルマッチ」の主宰者たるにふさわしいボクサーだ。(試合前の国家吹奏の際の、ラリオス陣営の様子を覚えている読者はおられるだろうか。チャンピオンを含むコーナーメン全員が、自国国家の時は胸に手を当てて、「君が代」の時は直立不動の姿勢で、身じろぎもせず国旗を見つめていた。こういう行為も含めて、ラリオスには「格」があった。9ラウンドでアゴが割れても、なお12回を叩き終えたガッツも、むろん王者にふさわしい。)
 そして仲里。戦績から言えば、彼は「世界奪取」をそれほど濃厚に期待できるボクサーではなかった。スタイルはいささか鈍重、とりたててテクニックに優れてはいず、打たれ強いわけでもなく、物理的に見れば、その「パンチ力」だけが仲里を辛うじて世界戦チャレンジャーたらしめていたと言っても過言ではなかろう。それでも、仲里は不思議なほどに「ただの挑戦者」ではなかった。
 それはやはり、「沖縄」ということもあったのかもしれない。すでにトレーニングキャンプの段階から、浜田剛史氏、上原康恒氏、平仲明信氏が仲里に「参謀本部」として付き添い、何事かを指導し続けていた。沖縄の生んだ世界王者の中でも、特にこの3氏が影のように仲里をバックアップしていたのだ。ここに、煎じ詰めたように濃厚な「オキナワン」を感じないわけにはいくまい。この3氏はいずれも、一撃の強打で一流の世界王者をマットに沈めた男たちだ。上原氏はサムエル・セラノを、平仲氏はエドウィン・ロサリオを、そして浜田氏は所も同じ両国国技館でレネ・アルレドンドを、電撃的な一撃で攻め落とした。
 大きな瞳で眼窩の高い、いかにも沖縄らしい、そしていかにもボクサーらしい風貌の仲里に、ウチナンチューの先輩たちの偉業を重ね合わせてみていたファンは少なくないはずだ。
 琉球の拳というのは、なぜああも「剛」であるのだろうか。強打にもいろいろあるが、彼らのはラテンのハードヒッターに連なる、南国の強打だ。タイソンのようなコンビネーションブローの中で放たれる「爆打」でもなければ、フォアマンやムガビのようにジャブだけでも真正面から叩きつぶす「重打」でもない。やはり、アルゲリョやピピノ・クエバスのような、比較的ゆったりしたリズムの中から、全身の複雑なしなりを生かして振り抜かれる「剛打」なのだ。この拳をもろに受けた相手は、立ち上がるにはテンカウントでも短すぎる。そういうタイプのハードパンチだ。
 しかもそういう「剛打」を、上原、浜田、平仲は、左フック(サウスポーの浜田は右)で打ち放った。本物のショート・フックを打てるボクサーは、世界の誰にでも勝つチャンスがある。もっとも小さく、もっとも強く打てるパンチ、それがレフト・フックだからだ。相手に最も近い位置にある拳を、短く、強く、鋭角に振り下ろすとき、スピードの差、テクニックの差、体格の差は一瞬で消失する。
 あの、べらぼうなスピードでヘビー級を蹂躙していたころのカシアス・クレイが、鈍重なヘンリー・クーパーの左フックでもんどり打って倒された(アンジェロ・ダンディーがグローブを切り裂いていなければ、そのまま敗退していた可能性が大きい)。強打者の左フックは、つねに“地雷”なのだ。
 僕たちは、仲里もまた本物の左フックが打てることを、そしてその意味をも知っていた。「仲里に“世界”は難しいだろう」と言いながらも、胸騒ぎがしていたのには、最近だけでも何度も逆転ノックアウトを生んだあのレフトフックへの思いもあったはずだ。
 パーフェクトなチャンピオンと、無骨だがどこまでも危険なチャレンジャー。かくして、ホセ・メンドーサ対矢吹丈にも匹敵する名勝負は現出された。(アゴを割られても戦い抜いたラリオスの手が上げられた時、僕は彼の髪が白くなっているのではないかと覗き込んでしまったほどだ。)再戦は難しいのではないか。ジョーがたとえ生きていたとしても、ホセが再戦に応じたとは思えない。

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