バトルホークの闘病報告 vol. 6

林 直樹

 

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 4月23日(金曜日)
 午後3時過ぎに、風間さん宅に電話をする。声は力強かった。
 「今日は調子いいよ。モルヒネが効いているみたいだから。(元気そうな)声は多少、作っているところもあるけど。それで、今度、いつ来るの?早く来ないと死んでるかもしれないぞ」 冗談のように聞こえる発言だが、風間さんは本気のようだった。先週15日に国立がんセンターへ行き、担当医師の診察を受けた。「あとどのくらい持つのか?」風間さんが自分の体の状態を把握した上での真剣な質問だった。医師は「とりあえず今月は持ちますよ」という旨の返答だったという。
 先月3月26日に風間さん宅にお邪魔した時、風間さんは真顔でボクに”予告”した。「これからはオレ自身がいろんなことを考えられる時間が狭まっていくと思う。だから自分にとって必要な物事を考えることを優先させていくことになるだろう。そう思ってくれ」あの時の風間さんの言葉に、ボクは「切迫」を感じた。がん細胞の全身への浸潤が広がり、激痛が日増しに増大したためだと思う。
 現役時代、試合前日に緊張のせいで、歯ぐきが大きく腫れた。そういう時は、カミソリで腫れた個所をザクリと切り、たまった膿を一気に出した。減量中のため、痛み止めの薬が体に悪い影響を及ぼすのを避けるためだった。試合では、記憶が完全に飛んでしまったパンチも食らった。右のこぶしをひどく傷めた時は、殴るたびに、バンテージとグローブに包まれたこぶしに痛みが走った。
 「どんなに痛くても、効いたパンチを食っても、試合では痛がる表情を見せない。それがボクサー」自身の経験から築き上げた風間流のボクシング哲学。しかし、あらゆる激痛を乗り越えてきた風間さんでさえも、我慢の限界を感じるほどの痛みに達していた。
 風間さんは、がん細胞をKOするための”秘密兵器”には効果を感じている。しかし、この1か月間は痛みとの壮絶な闘いになっている。痛みを取るために、痛み止めのモルヒネ(コンチン)を服用する量が倍になった。痛みによるストレスで、がんに立ち向かう意欲をそがれないための「選択」だった。その分、思考能力が低下して、風間さんの緻密な頭脳コンピューターに異常が出ている。「オレ自身が考えられる時間が狭まってくる」と言った理由は、そのためだった。風間さんは、記憶もあいまいになることが多くなっている。ふだんの風間さんにはなかった些細なことでいら立つことも出ている。痛みと体調不良のためだろう。しかし、どんな時でも日記だけは欠かさず付けている。頭がボーっとするけだるい時間が多くなり、思考が低下したここ最近は、毎日の血圧、体温、服用した薬の種類と量をその度ごとにメモ帳に記す。モルヒネが効き、痛みが和らぎ、思考能力がしっかりした限られた時間が訪れた時に、そのメモを元に、その日の体調や出来事、思いを日記につづっている。
 余命2か月と言われてから2年が過ぎた。「オレと同じくらい延命している人の中には、毎日、病床で痛みに苦しみながら、それをこらえることに日々を送っている人たちもいるはずだ。オレは、自宅で生活できている。何故、オレがそう出来ているのか。オレの”人体実験”の記録を日記で残し、それを今後のがん治療の開発に役立てて欲しい。日記に記した記録を、同じかん患者の 人たちが目にすることで、少しでも不安を和らげ、快適な生活を送って欲しい」
 「奇跡」を信じつつ、医療関係者全員に決定的な末期がんの完治療法の一日も早い完成を心から願っている。 

(続く)

 ※読者の皆様へのお願い
風間さんは今、ギリギリのところでがんと闘っています。その闘いはものすごく険しく、厳しいものです。皆様の応援メッセージ、激励メッセージをお待ちしています。皆様からのメールを風間さんにお見せして、エネルギーにしていただこうと思っています。よろしくお願いいたします(林)。

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