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ゲストコラム : トレーナーの目 vo.3

石井 敏治 (新日本木村ジム・トレーナー)

 ボクシング、この苛酷なスポーツの適合者を探し、育てる難しさについて

 今更こう言うのもおかしいが、ボクシングという競技がボクサーに要求する条件は、他のスポーツが、その競技者に要求するそれに比べて遥かに苛酷なものであろう。この競技は、予め日時を決めて、何の恨みもない同士がリングという四方ロープを張り巡らしたスクエアの中で、3分を1回に休憩1分を挟んで何回かの打ち合いを行う。しかも、目的は如何に相手に多くのダメージを与えるか、ということだ。その目的とする最高の結果は、打撃により相手に脳震盪を起こさせノックアウトすることだ。通常、人が殴り合うというシーンは、恨み骨髄に徹した感情の発露の結果の行為として見受けられる。これは人の本能的な行為ではあるが、本来好んで行う行為ではない。ボクシングも起源は古くヨーロッパで始まり、それが種々変遷を経て、近代スポーツとして今日のボクシングになったと聞く。勿論現在の日本ボクシング界では特に安全面への配慮が十分なされている。しかし、所詮ボクシングはボクシングである。ボクサーは皆、自分を試したい。勇気を示したい。強さを誇示したい。チャンピオンに成りたい。このような目標に向かって、日々ロードワーク、エキササイズに汗を流し、日常生活の摂生を心掛ける。試合が決まれば、自ずと緊張感は高まり、試合が近付けば何とも言えぬ恐怖感に襲われる。この時期には、ウエイト調整のための減量もしなければならない。このように苛酷な要求を突き付けられるのである。では何故ボクサーは、それでも試合を求めるのか、それは、試合を消化した時の解放感が外に例の無い、全く充実した快感であり、勝利を手にした時は、更にこれに甘美な満足感が得られるからであろう。
最近話題になるように、最近の若者の食生活の内容が昔とは大分変わってきている。これを物語るかのように最近のボクサーは、拳の骨折、眼底骨折等、非常に骨折する場面が多い。又、現代社会では、電子機器の極端な発達により、情報量の急増、管理体制の強化などのために、人々の日常生活におけるストレスが増加して、人々の精神的負担が次第に増えてきている。ボクサーは、そうでなくても、前述したような環境の中に在るのだから、自分自身に自ら与えたノルマに対する達成度の不満、周囲の人々からの期待感等々が加わり相当なプレッシャーを感じている筈だ。豪快な試合振りを示すボクサーほど反面ナイーブなところがあるものだ。これからの指導者は、ボクシング技術、敢闘精神の伝授に留まらず、食生活の研究、心理学の心得と精神面のケアについて取り組んで行くことが、一段と強まって行くことであろう。言うなれば、ますます複雑さを増して行く社会構造の中で、幼年期、少年期を過ごして来た若者の中からボクシングのような苛酷なスポーツの適合者を選出及び育成する難しさを覚悟しなければならない。



現在も新日本木村ジム・トレーナーとして指導に当たっている石井氏

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