リングサイド・ビュー

前田 衷

冒険したがらないのは選手か、ジムか?

 イチローや松井ら元日本球界のスーパースターが連日本場のメジャーリーグで活躍している。またサッカーでも中田、稲本ら何人ものトップ選手がヨーロッパでの檜舞台で暴れまくっている。あたかも本場のプロでやれないと一流と認められないかのようにも映る−−こう書くだけで、何を言いたいか賢明な読者はお分かりかもしれない。「それに引き換え、わがボクシングでは・・・」ということになるのだが、といってただ現状を嘆いてみても仕方ない。

 昔は海外に出かけて試合をする日本選手が珍しくなかったが、最近はメッキリと減ってしまった。先週アメリカで4度目のリングに上がった稲田千賢や西島洋介は例外中の例外である。稲田(下写真)はトップランク社と契約して本場で力をつけさせようとの帝拳ジムの戦略から度々アメリカに出かけている。一方西島洋介は日本では試合が出来ないという特殊事情があるから、あちらに活路を見出すしかない。しかしこの2人以外には積極的に海外に出かけて試合をしてくる選手はまずいないのである。
 今は誰もが手軽に外国旅行が出来る時代。ボクサーたちもよく出掛ける。アメリカの主要都市のジムを覗くと、誰かしら日本人練習生に出会うほどである。しかし彼らが外国に出掛けるのは、トレーニングが主目的であって、試合ではない。またジムの方も試合をさせたがらない。「報酬は日本より安いし、下手に試合をさせて強INADA 0727.JPG - 12,163BYTESい相手とぶつけられて壊されては元も子もない」というのが、ジム側の本音ではないのか。
 昔は「海外遠征」と称したように、渡航手続きも経費も大変だったから、日本から飛び出すには相当な覚悟が要ったはずだが、にもかかわらず多くの日本人ボクサーたちが積極的に海外に出掛け、敵地のリングに立った。ジムの会長も、これはと見込んだ教え子を連れて、本場で腕を磨かせようと一生懸命だったのだ。
 今も語り草になっているのは、故・中村信一・中村ジム会長である。1960年代に矢尾板貞雄、小林弘、ジャガー柿沢ら自らの育てた選手たちを連れて、中南米を長期間転戦し、強豪との対戦も厭わなかった。いや、声を掛けてくるのは強豪しかいなかったのだから、これは当然か。矢尾板はべネズエラの世界ランカーとの善戦が認められて、ブラジルから声が掛かり、「黄金のバンタム」エデル・ジョフレとノンタイトルで対戦するチャンスを掴んだ。結果は最終回KOで敗れたものの、それまで大健闘して評価を高めた。何よりも負けを重ねながらもしっかりと自分のボクシングを磨き、逞しく成長を遂げたことこそが大きな収穫だった。これは後に世界チャンピオンになった小林弘にもいえることである。言葉も不自由したろうに、よくもあんなことができたものだと、先人の勇気に感心しないわけにはいかない。
 もちろん、誰もが海外修行すればいいというものではない。これは昔も今も同様で、外国で戦うことがプラスになる選手もいれば、そうでない選手もいるだろう。これは指導者の判断が必要である。
 元日本バンタム級チャンピオンで、世界2位にランクされたこともある内山真太郎さんがこの道を志したのは、ボクサーになればただで海外旅行が出きると信じていたからだった。実際に南北アメリカ、アジア、オーストラリアで何度も戦い、「ヨーロッパとアフリカに行けなかったことだけが心残りでした」と語っている。もちろんただ旅行を楽しんだだけではない。オーストラリアでは2人のボクサーを死に至らしめたキラー・パンチャー(キッド・スノーボール)と対戦させられ、強打を外しながら判定勝ちしたこともある。敵地で判定勝ちするというのは、KOするより困難であるといわれるが、これはまさに評価されるにふさわしい勝利だった。内山さんの外国旅行熱は度を越していて、日本で引退式を済ませた後で、メキシコに出かけて数試合こなし、ちゃっかり小遣い稼ぎしていたほどだ。
 確かに「昔と今とでは社会環境も大いに異なり、外国で試合をさせにくくなった」とジムの会長たちは言うかもしれない。1ドル360円の時代は、さぞかし海外で稼ぎがいがあったことだろう。あるいは現代っ子ボクサーは1度負けるだけでさっさとあきらめて引退してしまうから、そもそも海外に出て敗北を肥やしに強いボクサーを育てるなどという方法はとりにくいだろう。しかし、そういうリスクを負ってでも、外国のリングに上がるメリットはあるはずだ。声援のかわりにブーイングを浴び、孤立無援の敵地のリングに立つ。そんな中で堂々と自分の持てる力を出し切ることが出来るようになればしめたものだし、出来なくてもそういう経験は将来彼をピンチから救うことになるかもしれない。
 外国で戦っても、試合報酬が安すぎる? 若い頃の苦労は金を出してでも買えというではないか。「冒険」をしたがらないのは選手自身なのか、あるいは金の卵を失いたくないジムの側かとなると、どちらともいえない。(この項続く)

 

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