リングサイド・ビュー

前田 衷

「負けは負け、これで勝ちにされるのはいやだった」
 潔し新井田の敗者の弁


 土曜日夜横浜のWBA世界ミニマム級タイトルマッチは、予想通りの接戦の末、2−1のスプリット・デシジョンで王者ノエル・アランブレットの手が挙がった。新井田を負けとした韓国とパナマの2ジャッジのスコアは、ともに115−114の1点差である。浜田剛史氏がよくいうように、「審判構成が違っていたら、また別な結果になっていた」という類の際どい試合だった。
 2年間のブランクにもかかわらず、この夜の新井田にいわゆる「錆びつき」は見られなかった。新井田にしてはミスが多いという見方もあるかもしれないが、これはチャンピオンのディフェンシブなボクシングを考えれば、仕方のないことだ。スピードではアランブレットを上回り、一緒になって打ち合うと、むしろ新井田に分があったほどである。手数が少な過ぎたという批判もあったが、元々カウンター狙いの新井田である。それでも、3回にロープを背にした新井田が、飛び込んでくるアランブレットに反応して右ストレートのカウンターを放ったのには唸らされた。その意図通りに直撃弾とはならなかったものの、師匠の関光徳会長が42年前に対戦してやられた「ロープ際の魔術師」ジョー・メデルの必殺カウンター戦法が、見ていて一瞬よみがえったほどである。ちなみに新井田は新人時代に関会長とメキシコに渡り、メデルのレッスンを受けたことがある。
「判定」に戻って、もしこの試合内容で新井田の手が挙がっていたとしたら、リアクションはどうだったろうか。「自分が勝っていると思った」とコメントしたアランブレットとスタッフはおそらく「判定を盗まれた!」と荒れ狂ったろうが、メディアやファンは決して新井田の勝利に批判的ではなかったに違いない。過去の判定が論議を呼んだ多くの試合と比べても、批判は少なかったはずである。
 そんな試合にもかかわらず、試合後の新井田はあっさり敗北宣言をした。「俺の負けです。力が足りなかった。また一から出直します」。そればかりか、小さな声でボソリと「これでまた勝ちといわれても、やだったんで・・・」とも口にしたのである。
ARAMBULET-NIIDA 2.JPG - 11,053BYTES 日本選手が明らかに不利であるにもかかわらず、「疑惑の判定」に救われた試合も、過去に何度も見てきた。贔屓(ひいき)の引き倒しでは、勝ちにされた選手も可哀想だと思う。過去にそういう試合に遭遇して、勝利を与えられた選手は本当のところどう考えているのか知りたいと思ったことが何度もある。
 たしかデビュー間もない辰吉丈一郎が初めて世界ランカーと対戦し、分の悪い試合の末にラッキーな引き分けで負けずにすんだ時(対アブラハム・トーレス戦)、ジョーは「俺の負け」とはっきり口にしたものである。この一言で、取材に当たった我々やファンは心のモヤモヤがいくらか晴れたものである。
 今回の新井田が控え室で洩らした短いコメント、「勝ちといわれても、やだったんで」は、12年前の新人・辰吉のコメントに匹敵する名言ではなかったか。アランブレットのいつものペースでお世辞にも「面白い試合」ではなかったが、この一言に筆者はすっかり爽やかな気分にさせられて帰途につくことができたのである。初の敗北を喫した直後にこんなセリフを吐けるボクサーは、そうはいない。

 

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