リングサイド・ビュー

前田 衷

後楽園ホール「ボックスシート」の夢 =下=

HALL.JPG - 20,069BYTES 現在後楽園ホールで行われるプロボクシングの試合は、月平均で10回以上(6月は12回)。この数字だけなら、昔の黄金期とあまり変わらない。試合数が多いのは、選手数が増え、いくつかの小さなジムが共同で行う「乗り興行」が多くなったこともあるのだろう。この方がリスクも少なく、選手に試合の機会を増やすことができるのである。(写真:後楽園ホールの試合風景。リングサイド2列目までがボックスシート)
 ボックスシートの料金は年間50万円強だから、大雑把に計算して1試合当たり5千円にも満たないことになる。安すぎる! プロモーターの取り分はここからさらに経費が差し引かれるのだから、極端な話これらの席を自分の顧客に回した方がはるかに割がいい。実際にそんな業者の願望も耳にしたことがある。
 一方ボックスシートの客の側にしてみれば、月十数回を皆勤で観戦する人は稀であり、割安感はないという。「本当に見たい試合は月に2、3回あればいい方ですから」とあるフアンは言っていた。1試合平均にしておよそ1万5千円。これなら、その都度リングサイド券を買う方が得かもしれない。いや、こんな細かい計算をするのは我々”持たざるフアン”であって、リッチな彼らはただいつでも決まった席で試合を楽しむことができるという「特権」を買っているのである。 

 昔はボックスシートを持つフアンを中心とした「リングサイドクラブ」という親睦会があった。メインカードに限らず、好試合をするとラウンドのインタ−バル中に「両選手にリングサイドクラブから敢闘賞として金一封が贈られます−」とアナウンスがある。エキサイティングな試合で盛り上がった場内にどっと拍手と歓声が上がったものだった。時には敢闘賞が出た後なおも熱闘が続き、再び「敢闘賞」ということもあった。ただし金一封が出るのは、いつも打ちつ打たれつ、殴り殴られのお客を酔わす激闘と決まっているので、ジムのトレーナーの中には「リングサイドクラブから敢闘賞をもらうような試合はするなよ」と選手をたしなめる人もいたものである。
 リングサイドクラブのおなじみの顔も、ひとり減り、ふたり減りして、いつしかクラブそのものも姿を消してしまった。床屋の藤田進さんや、レストランのオーナー平山さんもとっくに鬼籍に入り、その仲間で、だみ声上げてヤジを飛ばしていた鈴木正一さんは、今や角海老宝石ジムのオーナーに収まっている。好きが高じてフアンから業者になってしまった珍しい例である。リングサイドクラブの会長だった小原亀吉さんも亡くなり、西側最前列のその席では今、息子さんがほぼ毎試合観戦している。熱心さは父親以上かもしれない。
 南側のボックスシートに座る弁護士の横堀晃夫先生は、筆者から見るとなんとも羨ましいフアンである。多忙な弁護士活動の傍ら、せっせとホールに足を運び、そればかりか東京以外で行われる好カードには、遠隔の地でも厭わず出かけていく。しかもリングサイド席を自腹でキープするのだから、足代も含めれば大変な物入りだろう。本人は「ゴルフ、酒、たばこもやらず、唯一の道楽だからね」と、笑っているのだが。

 さて、ここ数年の不況続きでボックスシートの客も少しずつ減り続けているが、この春の契約更改期には、南側の席がゴソッと減ってしまった。今年からボックスシートの管理が後楽園ホールからボクシング協会へと移り、10パーセントほど値上げされたことも影響しているかもしれない。
 前述の福島泰樹さんも、10年近く暖め続けた南側のボックスシートをついに明け渡した。値上げに音を上げたのではなく、「本業に影響するから」との理由である。「ボクシングを観た後はどうしても夜遅くまで飲んじまうからね、仕事にならないんだよ・・」。東京下谷の法昌寺の住職であり、歌人として執筆活動だけでなくコンサートもこなすマルチ人間には、なるほど毎試合ボクシングと付き合う時間はないに違いない。
 それでもボクシング・フアンを卒業したのではないから、好カードとなると福島さんは矢も楯もたまらずチケットを手に入れ、観戦にやってくる。手放したボックスシートとは別な席なので、ちょっぴり後ろめたさもあると言っていたが・・・。

 

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