専門家も泣きが入る
ボクシングの予想は難しい!
昔から「賭事となんとかは当てる先から外れる」などと言うように、勝負事では専門家でも予想をズバズバ的中させるなどということはありえない。競馬の評論家が予想の半分以上を当てたら、それこそ豪邸をいくつも建てることができるだろうが、そんな景気のいい話は寡聞にして聞かない。
ではボクシングの予想はどうか。
「勝ち負けだけなら、70−80%は当たる」と豪語した記者がいた。なるほど、筆者もそれぐらいはいく−−といっても、これは少しも自慢にはならない。フアンも先刻ご承知のように、日本で行われるメインカードの多くは看板選手がタイやフィリピンの無名選手を相手にする試合である。この種の試合は「日本選手が勝つ」と予想すれば、まず外れることはない(1年に1度や2度の外れはあるが、それは交通事故のようなものとあきらめるしかない)。野球で3割バッターなら好選手と評価されるが、ボクシングの予想では7割当てても目を丸くされることはないのである。

ただ問題は、残りの数少ない「ガチンコ・カード」の場合−−つまりどちらが勝つか分からないような組み合わせに限って予想すれば、的中率はグ−ンと低くなる。5割を超えればいい方ではないだろうか。これでは、コインの表か裏かを当てるのと大差がない。何がいいたいかというと、ボクシングはそれほど予測しがたく、実に奥深いものであるということだ。よく予想を聞かれて「リングの上では、どんなことでも起こり得ますからね」と、筆者は責任逃れのようなひと言をつけ加えるが、この「前提」が大事なのである。(写真上:今年一番の「番狂わせ」で日本S・ライト級王者湯場を倒し新王者となった佐々木基樹[27歳]。)
ま、予想外の結果も程度の問題であり、賭率2−1が引っ繰り返る程度の意外な結果もあれば、年に1度起こるかどうかという番狂わせもある。この点では、タイソンが東京ドームでダグラスに沈められた試合などは数十年に1度といっていいほど稀な「歴史的番狂わせ」だったろう。
最近予想を外して頭をガツンとやられる思いをしたのは、2月15日後楽園ホールの日本S・ライト級タイトルマッチだ。安泰チャンピオンの湯場忠志が、挑戦者の佐々木基樹に敗れるという結果を予想できたフアンは何人もいなかったろう。もちろん(と力を入れても仕方ないが)、筆者もその「予想できなかった」ひとりだった。
「よほどの番狂わせでもなければ、湯場の勝ちでしょう」と、記者席の隣に座ったスポーツジャーナリスト藤島大さんにレクチャーしたというのに、試合はあれよあれよという間に挑戦者ペースで進み、最後は9回、ストップと同時に湯場の長身がドッと倒れて大の字となるまさかの光景にはあきれましたね。
しかも新チャンピオンの佐々木は、試合直後リング上での勝利インタビューでこううそぶいた。「この試合は決して番狂わせではありません! 弱気発言を繰り返したと言われたけど、すべては戦略です」
確かにこの日の結果は番狂わせではあったにしろ、決してフロックで佐々木が勝ったのではないと、筆者は信じる。この日佐々木を勝者に導いたものは、読みの深さと胆力である。一見喧嘩ファイトのように見せて、その実湯場の強打を外しつつ戦意をジワジワと殺いでいった頭脳的なボクシングに「佐々木ってこんなにうまい選手だったっけ?」とすっかり裏切られ、彼を見直した。試合後報道陣の間から「さすが早稲田大学教育学部国文科卒!」の感嘆詞付きの絶賛が聞かれたものである。
新チャンピオンに謝りたい。それは予想を外したことではなく、喧嘩ファイトのイメージを強調する裏に隠された、周到な戦略家としてのあなたの本質を正しく理解していなかったことである。湯場の強打をもらう前に、踏み込み鋭く出て先に当てた大胆さとともにあなたが言う「オレの脳内コンピューター」を高く買いたい。
それはそれとして、こういう番狂わせが起こるからこそ、ボクシングはこわいし、同時に面白くもあるのである。ボクシングの「予想」というテーマについては、まだまだ書きたいことが一杯あり、これからも何度かこの欄で取り上げていくことにする。