サンデー・パンチ

粂川 麻里生

理想の採点システムとは

 10点法が内外の採点の主流になって、もう20年以上になる。だが、10点法が5点法よりもすぐれた判定基準だとは必ずしも思えないのは、僕だけではあるまい。10点法の主旨というのは、「5点法よりも微差を取る」ということだろうが、この「微差」というのがどうも分からない。
 日本ボクシング・コミッションのルールブックには、「10=10(互角の場合)、10=9(若干の勝ちの場合)、10=8(ノック・ダウンまたはこれに近い状態をともなう明白な勝ちの場合)、10=7(相手がまったくグロッギーでノック・アウト寸前の圧倒的勝ちの場合)」そして、「備考」として「10=6はつけず、この場合は当然TKOである」とある。
 この定義によれば、10=8はかなりはっきりしている。ダウンを奪うか、それと同じくらいのダメージを相手に与えれば「10=8」になるわけだ(まあ、ダウンにも痛烈なのからスリップ気味のまでいろいろあるが)。難しいのは、10=9だ。「ダウンは奪っていないが、若干の勝ち」という程度の優勢は、かなりいろいろなレベルが考えられるからだ。10点法がさらに「テンポイント・マスト・システム」(注参照)になると、ほとんど互角のラウンドでも無理してどちらかにふらねばならないことさえあるから、「10=9」の内容の幅はきわめて大きくなる。(注:このコラムを掲載後、私のサイトに間違いを指摘してくださる書き込みがありました。テンポイント・マスト・システムとは、無理しても微差をとることではなく、減点などで9−9、9−8などになる場合でも、10−10、10−9に換算して合計する採点方法のことでした。私は後出の「ラウンド・マスト」と「テンポイント・マスト」を混同して誤記してしまいました。お詫びして訂正します。)
 はっきりと4ラウンズを10−9で取っても、6つのラウンドを僅少差で取られたら、負けになる。もしもジャッジになんらかの偏向(意図的であれ、無意識であれ)があって、互角のラウンドを全部一方につけたら「大差の判定」になってしまう。ということは、よほどはっきりしたラウンドを重ねない限り、10点法やラウンド・マストはホームタウンデシジョンや「疑惑の判定」の温床に簡単になりうるという短所もあるのだ。
 そもそも、「ダウン」があれば2点差、「それ以外の優勢」は1点差というなら、そのへんは5点法とまったく同じだ。微妙なラウンドもどちらかに振り分けるという意味では「微差をとる」ことにはなるとしても、どちらとも言い難いラウンドと明確な優劣のあるラウンドを同じように採点してしまうという面では、むしろ「差」を塗りつぶしている。「微差を取る」ことを主旨とするなら、「微差」は10=9、「明白な差」は10=8、「ダウン」は10=7、「グロッギー」は10=6、「10=5」はなくて、それならストップ、というふうにしたほうが理になかっているはずだ。
 ただ、より根本的な問題もある。単純に「1点は1点」と数え、「微差」は1点、「ダウン」は2点というふうに数字化することが、本当にボクシングの本質をとらえているのか、ということだ。たしかに判定勝負も多いわけだが、ボクシングを本質的に「得点競技」だと思っている人は多くはあるまい。
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 ボクシングはけっしてただの殴り合いではないが、どんなにエレガントなテクニックも、結局は相手を殴り倒すため、もしくはそれを阻止するために存在する。その意味では、相手をマットに倒したら、あるいは倒されたら、それは重大なことと見なされるべきだろう。ジャッジカードでどれほど差がついていても、KOすればすべては帳消しだという意味では、ボクシングにおいて「ノックアウト」は絶対的な勝ち方だが、これは「ノックアウト」が「判定勝ち」よりもボクシングの本質にかなっているからだろう。それなら、「ダウン」はどうなのか。「ダウン1回」が「微差のラウンド」2つ分というのは、適切なのかどうか。たとえば、柔道の「技あり」は、微差のポイントを一気にひっくり返す。僕は、たとえば、一試合で相手よりも3度以上多くダウンを奪った選手は、たとえポイントの合計では負けていても、無条件で判定勝ちにしてもいいのではないかと思うが……。
 考えれば考えるほど、「理想の採点システム」がどういうものなのか、分からなくなる。「完璧な採点基準などない。ノックアウトこそ真理」と開き直る人もいるが、ボクシングの恐るべき美が「判定勝ち」を認めたことから生じていることもまた一面の真理だろう。いずれにせよ、より「ベター」な判定システムを考案することができれば、ボクシングの魅力もより引き出されるのではないだろうか

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