コラム

コラム一覧 バックナンバー

ゲストコラム : トレーナーの目 vo.2

石井 敏治 (新日本木村ジム・トレーナー)

リング禍防止の規制、必要なら再検討も

 ボクシングは、格闘技のなかでも相手の肉体にダメージを与えるのを目的としたスポーツであるだけに、防御技術の習得が攻撃技術のそれに勝るものでなければならないはずである。しかし現実は、指導する側も習う側も攻撃技術面に重きをおくようになりがちだ。この点は外国の関係者からよく指摘される。
 反面、日本のボクシングコミッションのボクサーに対する健康管理方法は、世界でも抜群の体制を整えている。ボクサーライセンス取得時のCT・スキャナーの頭部診断、視力検査をはじめ、め徹底した身体検査。試合前後のコミッションドクターによる身体検査。試合場にはコミッションドクターが待機して、何かがあればその都度診断する。緊急事態が生じれば、前もって予約した病院に即搬送できる態勢がとられている。定期的に実行されている健康安全に関する関係者への講習会等。よく配慮されている。
 ボクシングで受けるダメージの中でも特に問題視されるのは、顔面及び頭部に打撃を受けた結果、脳の硬膜下出血、眼球を覆う網膜の裂孔及び剥離(はくり)の症状が起きることであろう。
 密封された頭蓋骨内で生じた硬膜下血種が時間の経過と共に増大すると、その行き場がなく、脳を圧迫して死に至る。網膜裂孔、剥離は最近では医学の進歩によりレーザーを使って治療し、失明を免れるようになった。 話は戻るが、CT・スキャナー診断の義務付を施行する決断が下された大きな理由は、当時ボクサーの死亡事故が重なって起き、コミッションドクターの見解として、透明中隔腔(脳が頭蓋骨内にびっしりと格納された状態で、脳間に僅かな透き間があるもの)の人が多くいた。これはCT・スキャナーで診ないと分からないので、事前にCT検査で発見された者はボクシング選手活動を止めるということになった。
 当時医学界の一部には、これに対する反論もあったが、とにかくボクサーを診た臨床例の多いドクターの見解を尊重した結果であった。
 しかし、これを施行するに当たり、ライセンス既得者にも義務付けられるので、業界から異議が出たが、全日本ボクシング協会会長に就任したばかりの木村七郎会長が健康安全の主旨に理解を示し、協会員を説得してこの規則が施行されたという経緯がある。
 私がアマチュアから指導して、プロ転向後ランキングにも入り、チャンピオンを嘱望されていた選手も、この規制によりボクサー生活断念を余儀なくされた。しかし、何より安全第一なので、選手にも納得させた。私自身この規制によって多くの選手の安全確保の一助になることには両手をあげて賛成だった。当時から相当の歳月も経ち、最近では透明中隔腔について、医学的に顔面及び頭部に受けた打撃による死亡事故との因果関係に否定的だということを耳にする。長い期間の間に多くのデータも集積出来たとも思えるので、臨床例の豊富なコミッションドクターの先生方の協議を仰いで、この規制をはじめ諸々の健康安全の規制の再検討をする時機にきているのではないかと思うのである。


現在も新日本木村ジム・トレーナーとして指導に当たっている石井氏

   コラム一覧 バックナンバー