大阪帝拳ジムの吉井清会長が最初につくった世界チャンピオン渡辺二郎は、WBAとWBC両機構のタイトルを、合わせて10度防衛したように、国内で生まれた50人の世界王者の中でも、トップ評価されて当然のボクサーだと思う。 たまたまワールド・ボクシング4月号の読者投稿コーナーに、渡辺二郎最強説が載っていた。その根拠は「負けないボクシングができるボクサー」だという。「渡辺の試合はKO勝ちこそ少ないものの、見ていて負ける気がしなかった」という感想は、なるほど素直にうなずける。 試合運びに派手さがないので、素人好みではなかったが、二郎さんのテクニックは、超一級品だった。どういうわけか彼は、ボクシングのことを“ど突き合い”と泥臭い言葉で表現していたが、その実、極めてクレバーなパフォーマンスで楽しませてくれたものだ。二郎さんの出身母体は日本拳法。“ど突き合い”はここから出た表現なのかもしれない。 二郎さんはクレバーであると同時に、クールでもあった。それは試合運びと人生哲学の両方に言える。彼は世界チャンピオンになってから、長く王座を守ったが、その間に達成感から引退を決意したことが一度ある。 二郎さんは国内の歴代世界チャンピオンの中でも、敵地防衛を遂げた最初のボクサーである。後にロシア出身のライト級オズルベック・ナザロフとフライ級勇利アルバチャコフの協栄コンビが、海外防衛を果たしているが、純日本ボクサーで、アウエー防衛を遂げているのは二郎さんだけ。 85年12月、二郎さんは韓国に赴いて、伊石 換の挑戦を5ラウンドKOに退けた。これが区切りの通算10度目の防衛。加えて前人未踏の敵地防衛。二郎さんがある種の達成感を抱いたとしても不思議ではない。 同行したあるスポーツ紙記者に、プライベートな会話の中で、引退の意思を漏らした。特種をつかんだそのスポーツ紙は、当然のごとく一面で報道。ただしこれは、二郎さんが吉井会長に相談する以前の、単独意思表示だった。 二郎さんが体力的な限界に達していることが、客観的に見て分かれば、吉井会長もは二郎さんの意志を尊重したかもしれない。敵地でKO防衛して、意気軒昂なところを見せた弟子の、唐突な引退表明は受け入れることができず、現役続行を説得する仕儀となった。 結果的に幻の引退表明に終わったが、私が見るところ、二郎さんのリ・u栫[クは本心だったと思う。ワールドへの投書子が指摘しているように、負けないことが二郎さんの美学だった。大きな事跡を残した後、不敗のままリングを去るのが、二郎さんのボクシング哲学だったとしたら、私が描く渡辺二郎像と、ぴったり重なる。 ピストルにかかわる不法行為で長期服役、昨年出所したばかりの二郎さんであるが、普段の生活態度で汚名を注ぎ、一日も早くアイドルの立場を取り戻してほしいと思う。 酔いどれ(80)渡辺二郎さん 大阪帝拳ジムの吉井清会長が最初につくった世界チャンピオン渡辺二郎は、WBAとWBC両機構のタイトルを、合わせて10度防衛したように、国内で生まれた50人の世界王者の中でも、トップ評価されて当然のボクサーだと思う。 たまたまワールド・ボクシング4月号の読者投稿コーナーに、渡辺二郎最強説が載っていた。その根拠は「負けないボクシングができるボクサー」だという。「渡辺の試合はKO勝ちこそ少ないものの、見ていて負ける気がしなかった」という感想は、なるほど素直にうなずける。 試合運びに派手さがないので、素人好みではなかったが、二郎さんのテクニックは、超一級品だぁw)チた。どういうわけか彼は、ボクシングのことを“ど突き合い”と泥臭い言葉kuナ表現していたが、その実、極めてクレバーなパフォーマンスで楽しませてくれたものだ。二郎さんの出身母体は日本拳法。“ど突き合い”はここから出た表現なのかもしれない。 二郎さんはクレバーであると同時に、クールでもあった。それは試合運びと人生哲学の両方に言える。彼は世界チャンピオンになってから、長く王座を守ったが、その間に達成感から引退を決意したことが一度ある。 二郎さんは国内の歴代世界チャンピオンの中でも、敵地防衛を遂げた最初のボクサーである。後にロシア出身のライト級オズルベック・ナザロフとフライ級勇利アルバチャコフの協栄コンビが、海外防衛を果たしているが、純日本ボクサーで、アウエー防衛を遂げているのは二郎さんだけ。 85年12月、二郎さんは韓国に赴いて、伊石煥の挑戦を5ラウンドKOに退けた。これが区切りの通算10度目の防衛。加えて前人未踏の敵地防衛。二郎さんがある種の達成感を抱いたとしても不思議ではない。 同行したあるスポーツ紙記者に、プライベートな会話の中で、引退の意思を漏らした。特種をつかんだそのスポーツ紙は、当然のごとく一面で報道。ただしこれは、・u椏郎さんが吉井会長に相談する以前の、単独意思表示だった。 二郎さんが体力的な限界に達していることが、客観的に見て分かれば、吉井会長もは二郎さんの意志を尊重したかもしれない。敵地でKO防衛して、意気軒昂なところを見せた弟子の、唐突な引退表明は受け入れることができず、現役続行を説得する仕儀となった。 結果的に幻の引退表明に終わったが、私が見るところ、二郎さんのリークは本心だったと思う。ワールドへの投書子が指摘しているように、負けないことが二郎さんの美学だった。大きな事跡を残した後、不敗のままリングを去るのが、二郎さんのボクシング哲学だったとしたら、私が描く渡辺二郎像と、ぴったり重なる。 ピストルにかかわる不法行為で長期服役、昨年出所したばかりの二郎さんであるが、普段の生活態度で汚名を注ぎ、一日も早くアイドルの立場を取り戻してほしいと思う。
〔お礼〕酔いどれ交遊録を見ていただいたみなさん、ありがとうございました。 アイウエオの最終行であるワ行で渡辺二郎さんとの思い出を書いたのは、ひとつの区切りでした。これにて当コラムは終わります。6月から構想を改めて、何らかのテーマで連載できれば幸いだと思っています。芦沢 |